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いじめ・子供の社会
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2006年秋、数年前のイジメ自殺で北海道の学校、教育委員会の不誠実な対応、相次いで福岡筑前町のイジメ自殺の事件が大きく報道され、様々な問題が明るみになりました、普通校における障害といじめは少なからず今でも関係があると思いますが、私の時代と現在では大きく質が様変わりしているようです、ブログに少し書きましたが、今一度いじめについて考えてみたいと思います、

アニメ「ちびまる子」の時代が私の子供の頃と同じ年代ですが、劇中で、ながさわ君がふじき君にいつも強烈な嫌みを言っています、イジメは1対多が多いですが、1対1も当然あります、ふじき君のとらえ方によってはケンカかもしれないし、イジメと感じるかも知れません。

しかし彼らは友人であり、最終定期に仲直りし、そしてまた同じ事を繰り返します、それが彼らのコミュニケーションの取り方のようです、現代でもしながさわ君の嫌みで、ふじき君が泣いている場面をふじき君の保護者が見たらどうするだろう?ながさわ君をたしなめるのではなく無く学校へ文句を言う?

学校では教師が調査する、イジメ当事者の感じ方次第で「イジメ」、「ふざけて」、と違います、そこでどう判断していいのか分からない。

教師は、PTA、教育委員会、文科省、生徒に挟まれろくな指導が出来ない、その事を子供は敏感に感じ取り教師を小馬鹿にし、親から教わったのか生意気な事ばかり言う。

私の時代、悪いことをすれば「体罰」を受ける事は当たり前でした、そして現代、教育的指導の体罰を受けたことがない世代が親になり教師になっています、私は学校でのペナルティー正論者です、もちろんケガをするような体罰はだめですが、社会のルールを教える場でもある学校で、悪いことをすればペナルティーを受け、それはとても人間として恥ずかしいことであると言うことをもっと学ぶべきだと思います。

基本的に子供自体は遊びの内容などの変化はあっても子供である本質は昔から変わってないと思います、では昔と何が違うかと言いますと、子は大人を映す鏡と言います、子供を取り巻く大人たちが悪いのではないか?

教育での最高機関、文部科学省によるいじめの定義は
1.自分より弱いものに対して、一方的に
2.身体的、心理的な攻撃を継続的に加え
3.相手が深刻な苦痛を感じているもの
だそうです。

あまりにもアバウトすぎて具体的な実例が見えません、教育委員会が「イジメによる自殺かどうかは断定できない」との認識で数年来、文科省へはイジメによる自殺者0の報告がされていてその事が批判がされていますが、この定義では現場を知らない文科省の認識は当然かも知れない。

事件の記者会見を行うのは主に校長で、担任教師が会見する事はまずない、思い出して頂きたい、子供の頃、学校の校長と話をしたことがありますか?ほとんど無いでしょう、私なんか顔も名前も憶えていない。

教育現場は特殊な縦社会で構成されています、担任の報告だけでどれだけ実態を把握出来るでしょう、記者につっこまれしどろもどろになるパターンを何度見たことか、かといって担任は隠して出さない、実態を把握していないのに、自分だけ表に出ることで責任を果たしているかのように。

事件後にアンケートを採ったところで何が分かるでしょう、当然、教師、教育委員会の保身が働き、見て見ぬふり、対処できないなど文科省へ事実が報告される訳がない、いじめは無かった、いじめがあった、などと会見で見解を二転三転する教育者を子供が見て、はたして自分に問題が起きたときに相談しようと思うだろうか?果てしなく疑問です。

連日、報道で”いじめ”と”自殺”が同じように扱われています、報道による連鎖とは断定出来ませんが、先日も福岡の中学生の自殺が報道されていました、更にその数日前は金銭を要求するいじめが報道され、子供の自殺を防止する立場の校長が「文科省へいじめの事実の報告を怠った」事を苦に自殺しました(これまた福岡)。

年間約3万人もの人間が自殺し、そのうち5%弱が未成年だそうです、理由は何であれ子供を守り、命の尊さを教える立場の大人がこれだけ自殺していて今の日本は本当に病んでいます、今、危機的な状況のようにイジメ自殺が大々的に報道されていますが子供が何に悩んで自殺するでしょう?以前よりずっと続いている事です。

ブログを書いていた時ちょうどテレビで、評論家が「なぜ親に言わない」といじめられた経験があるタレントに責めるように言っていました、他にもテレビ番組でコメンテーターが「あなたは1人じゃない、大人の誰かに助けを求めましょう」といったことをよく聞きます。

しかし、これらの事を言っている人間は肝心な事を忘れている、それは自分も経験したはずの子供の社会があると言うことです、大人になるにつれ忘れて行きますが、子供の社会は学校、家庭、を中心とした非常に狭い範囲です、それが世界のすべてでありクラス単位、班単位でも自分の世界の大半を失ったことになる、しかも、私の時代と違い、地域との交流の希薄さ、友人関係の小グループ化により更に子供の社会は小さなものになっています。

小学校、中学校の頃、教師に、親に生意気な態度ばかり取っていたと思いませんか?「心配をかけたくない」などときれい事ではなく、子供の社会の事を大人の世界へ持ち込むことは大変な勇気が必要です、いじめる側も子供ですから加減が分からずだんだんエスカレートする、内容は「辱めを受ける」「無視」「暴力」「金銭要求」などでしょうが、世界のすべてを失ったような追いつめられた精神状態で教師や親に言えるでしょうか?「あなたは1人じゃない、大人の誰かに助けを求めましょう」などの言葉が聞こえるでしょうか?

勇気を出して大人の世界へSOSを出しても、子供の社会を忘れている大人たちにより適切な対処がされず、かえって状態が悪くなることがあるようです、福岡の事件では、無知で幼稚なサラリーマン教師が「からかい」等のいじめに加担していました。

私は傷病を理由に(多分性格も含めて)イジメに遭っていましたが誰にも相談出来ませんでした、私はただ明日のことを考えず、その先の席替え、班替え、夏休み、進級によるクラス替えを待ちなんとかやり過ごしました。

自殺を考えた事がないとは言いませんが、サイトのあちこちで書いている小児病棟で経験、小児病棟で体中チューブに繋がれ、自分のつらさを訴える事も出来ない小さな子が懸命に生きようとしている姿、残念な結果を目の当たりにし、小さな頃から私独自の生命観を持っていますので自ら命を絶つ行為は考えられません。

自ら命を絶つことが出来る動物は人間だけです、私は無宗教ですので宗教的な表現は好きではないのですが、自殺はすべての生と、たとえ幼くとも天寿を全うした死に対する冒涜であると思っています。

イジメられていたのは私だけではありません、イジメる理由なんか特に無いんです、人を好きになるのに理由が要らないようにイジメの理由もありません、そしてイジメている側は余りその自覚がありません、イジメられた方は一生憶えていますが、イジメた側は忘れています、アメリカでは時折学校での銃の乱射事件がありますが、犯人の相当数はいじめられた経験者であるそうです。

いじめは何も子供の世界だけで起こる訳ではありません、人が集まれば必ずそのグループの中で縦と言うか斜めというかそのような関係が出来、悪口、陰口、嫌み、嫌がらせ等、日常茶飯事に起きていることです、誰でも思い当たることがあるでしょう、大人が子供に具体例を見せていることになります。

人間に近い霊長類のサルの社会でもイジメがあるそうです、人間本来が持っている性でしょうね、イジメとは言いませんが大人になっても、職場など、人が多く集まると必ず派閥、グループが出来てしまう、その内部、グループ間での諍いは少なからず起こりますよね、それが宗教や国家単位の大きな物になると戦争にまで発展してしまう、子供の場合それがストレートな言動になりイジメへ発展します。

イジメは無くならないと言う前提の元にまずは教育の最小単位である家庭、イジメている子供は虐待されている家庭に多いなどと言われていますが、人間として未成熟である子供の、人としての教育責任の大半は親にあります、イジメに限らず親としての責任放棄するかのように学校の責任を糾弾する親がいます、その保護者をみて、子供は大人に相談するでしょうか?現代、親としての資質の低下は否めないと思います。

そして学校に係わるすべての大人が真剣に考えなければならない、教育委員会、文科省がいくら対策を打っても現場を知らない人間が机上で考えたものに効果があるとは思えない、私の経験で考えると1クラスに1件以上のイジメが年間であるはず、全国レベルで考えると相当な件数なんですが、文科省は数校に1件としか認識していません、この感覚のずれはなんとも・・・


私は郊外型の書店で長年仕事をしていました、書店で被害が多いのが万引きで、男女年齢問わず数は分からないくらい補導し、検挙にまで至った者も数人、捕まえて必ず、「何をしたかわかるか?」と聞きます、すると100%「万引き」と答えてきます、いい年の大人でさえです、「違う!窃盗だ!」と毎回激怒していました、未成年の場合保護者に連絡し身元引き受けしてもらいますが、「万引きをしたくなるようにあるこの店が悪い」と逆ギレしてくる親もいました・・・

万引きはいたずらが過ぎたもののような風潮がありますが「窃盗罪」です、イジメもそうです、「傷害」「脅迫」
「名誉毀損」などの罪になると社会のルールを教える必要があるし、違反した場合は社会奉仕などのボランティア活動参加などのペナルティーがあってもいいのではないか?そうでもしなければ人としてどれだけ恥ずかしい行為をしたのか気がつかないのではないだろうか。

福岡県では数億円かけて啓発運動をするそうですが、「対策委員会」、「いじめをなくそう」等と横断幕を掲げて効果があるかは疑問です、文科省、教育委員会の認識は現実と大きくずれていてあてになりません、イジメは無くならないと言う前提の元に子供と接する教育の最小単位である「家庭」と「学校」に係わるすべての大人が子供の社会、世界を認識し(難しい心理学ではない)、イジメる側、イジメられる側双方に接し無ければ”イジメ””自殺”の抑制は出来ないと私は思う。

又、遺族の希望かも知れないが遺書まで包み隠さずの報道は大人に取っては現実を理解するために良いかもしれませんが、まだ人として未完成の子供が慌てふためいている大人を見ることにより、自ら命を絶つ事により復讐が達成され楽になるととらえる場合があると考えられ、現実に疑わしい事例が起こっています、自殺報道についてもう少し配慮と言いますか、自主規制が必要ではないかと考えます。



2014年追記
これを書いてもう10年弱になりますがイジメにより命を絶つ子が絶えませんね
学校側も相変わらずイジメの認識は無かったとかアンケート結果をごまかしたりと・・・

大津の事件ではやっと刑事事件として扱われましたが、遺族の被害届を警察は受理せず、そのことを報道されると手の平を返して受理したそうです。

それ以降、イジメによる暴行、恐喝、強要、窃盗、脅迫、器物損壊等で積極的とは言えませんが送検されるケースも出てきました。
閉鎖的な学校と言う組織には同じく特殊な組織である警察は手を出しにくいのでしょうかねぇ?。

大抵はふざける事から始まり、暴行、恐喝、強要、窃盗、脅迫、器物損壊などの犯罪にエスカレートしてしまうんでしょうね。

コミュニケーションの一つでふざける事が悪いとは思いません、それが犯罪にまで発展しないように学校や家庭で犯罪の定義について話し合う事が必要かもですね。

そして現代ではイジメの場が学校に限らない
SNS等の普及によりバーチャルの世界での言葉から暴力に発展したりするケースが増えているそうです。

なんとか話し合いで解決できるレベルで大人が対処し、加害者、被害者と発展しないよう願うばかりです。


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